その少年は(小学校5年生)児童副会長に自ら立候補し、見事当選した。

副会長の最初の仕事は、年度初め(小学校6年生)に新しく転任された先生への歓迎のあいさつを全校児童の前で読み上げることであった。

いつものように、「何とかなるさ」と自分に言い聞かせながらも、前の夜から少し緊張していた。

当日は朝から心臓バクバクの状態で、全校児童200人ほどの小さな小学校ではあったが、体育館に並んだ児童・先生の前であいさつをするその時を待っていた。

そして、小学校代表として名前を呼ばれた少年は、さっそうと壇上の転任されて来られた2人の先生の前で読み上げ始めた。

「し、し、ししししし、、、、、」その先生の苗字の最初の「し」の字が出てこない、焦れば焦るほど「し、し、しししし、、、、、」体育館は一気に爆笑の渦とかした。

頭の中は真っ白気、途中どんな状況で読み上げたかも覚えていない。何とか読み終えたことを確認し、クスクス笑う声、異星人でも見るような下級生の視線を感じながら、6年生の列へ戻った。

「男は悲しそうな顔をしてはダメだ」と自分にそう言い聞かせ、何事もなかったような態度で居続けた少年。

その日の昼休み、校舎と校舎をつなぐ中央廊下を歩いていると、校長先生がすれ違いざまに、その少年の肩にポンと手を乗せ「今日は小学校を代表してのあいさつありがとう」と言ってくれた。

少年は、そのままトイレへ向かい誰もいないのを確認し、一番奥の和式のトイレに座り込んだ。便器にはポタポタと涙が落ちていた。ポタポタ ポタポタ次から次から止まることがなかった。声を押し殺し、ただただ静かに泣いていた。

 

うれしくて、ありがたくてその少年は泣いていたのではない。

「俺は一生こうして人の情けを受けながら、生きて行かなくてはならないのか」と、情けなさと、悔しさと、絶望感と向かい合った11歳だった。